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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)24号 判決 1969年10月30日

原告 横田照信

被告 東京都知事 美濃部亮吉

右指定代理人東京都事務吏員 泉清

<ほか二名>

被告 社会保険審査会

右代表者委員長 久下勝次

右指定代理人厚生事務官 遠山勲

<ほか一名>

被告 国

右代表者法務大臣 西郷吉之助

右被告社会保険審査会、

同国指定代理人検事 樋口哲夫

同法務事務官 金丸義雄

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一原告の主張

一  原告の被告東京都知事に対する請求

1  請求の趣旨

「(一) 被告東京都知事が原告に対し、昭和三五年三月三〇日付の新保適発第二一号資格喪失月日の確認についてと題する書面による通知をもってなした原告の健康保険および厚生年金保険の資格喪失確認決定年月日を昭和三四年五月一五日とする処分を取消す。

(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。」

との判決を求める。

2  請求の原因と主張

(一) 原告は、昭和三三年五月二六日訴外財団法人国際教育情報センター(以下「訴外法人」という。)に雇用され、健康保険ならびに厚生年金保険法に基づく被保険者となり、その旨の資格を取得したものである。

(二) 訴外法人は昭和三四年五月一四日原告に対し解雇の意思表示をし、原告は同日右意思表示を受けたが、その際予告手当の支払いをせず、かつ三〇日前の予告もしなかった。それゆえ右解雇の意思表示は右の日にその効力を生ずる由がない。

(三) ところが訴外法人は昭和三四年一〇月一四日原告に対し予告手当を支払った。それゆえ右同日前記訴外法人の解雇の意思表示はその効力を生じたわけである。したがって原告はその翌日またはそれ以降に前記各被保険者の資格を喪失したのである。

(四) しかるに被告東京都知事は前記のとおり右資格喪失の日を昭和三四年五月一五日と確認する旨の処分をし、原告は昭和三五年五月一〇日口頭でその旨告知され、さらに前記の書面により昭和三五年六月二日その旨告知された。

(五) 原告は右処分を不服として昭和三五年五月一〇日東京都社会保険審査官に審査請求をしたが、同審査官は六〇日以内に決定しないので、被告社会保険審査会に昭和三五年七月九日再審査請求をしたところ被告社会保険審査会は昭和三九年一一月三〇日付で右再審査請求を棄却し、昭和四〇年二月一三日裁決書を原告に交付した。

(六) ところで前記東京都知事の処分はつぎのとおり違法であるからこれを取消すよう請求する。

すなわち前記のように訴外法人は解雇の予告をせず、かつ予告手当の支払いもせずに原告に対し解雇の意思表示をしたものであるから右解雇の意思表示はその効力を生ずるに由ないものである。したがって昭和三四年五月一五日に原告が前記被告保険者の資格を喪失するわけがない。

(七) 仮に資格喪失の日に関する前記(三)の主張が理由ないとしても、前記訴外法人が原告に対し解雇の意思表示をした昭和三四年五月一四日から三〇日を経過した昭和三四年六月一四日に右解雇の意思表示はその効力を生ずるのであるから、その翌日である昭和三四年六月一五日が原告の資格喪失の日である。

二  原告の被告社会保険審査会に対する請求

1  請求の趣旨

(一) 「原告が昭和三五年七月九日付でなした前記東京都知事の処分に対する再審査請求について、被告社会保険審査会が昭和三九年一一月三〇日付でこれを棄却した裁決は、無効であることを確認する。

(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。」

との判決を求める。

2  請求の原因と主張

(二) しかるに被告社会保険審査会は、原告が昭和三五年七月九日付をもってなした前記再審査請求について、その審査を懈怠し、裁決をなさず、ようやく昭和三九年一一月三〇日付で右再審査請求を、棄却する旨の裁決をし、この裁決書を原告は昭和四〇年二月一三日に受取った。

(三) すなわち、原告の右再審査請求について、被告社会保険審査会は、実に約五年間裁決をなさずに放置していたもので、前記法意に基づく義務に違背して怠慢を続けたものといわなければならない。右のごときは前記社会保険審査官及び社会保険審査会法の法意にもとるもので違法というべく特段の事情でもないかぎり、右の裁決は当然無効といわねばならない。よってその旨の確認を求める。

三  原告の被告国に対する請求

1  請求の趣旨

「(一) 被告は原告に対し金一七万三、九四六円およびこれに対する昭和四〇年一一月七日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。」

との判決を求める。

2  請求の原因と主張

(一) 前記のとおり、原告は昭和三四年五月一五日に健康保険被保険者の資格を喪失したものではなく、予告手当の支払いを受けた日の翌日である昭和三四年一〇月一五日もしくはそれ以降にこれを喪失したものである。

(二)(1) ところで、健康保険法(昭和三八年三月法律第六二号による改正前の法をいう、以下同じ。)四五条によれば「被保険者ガ療養ノ為労務ニ服スルコト能ハザルトキハ其ノ日ヨリ起算シ第四日ヨリ労務ニ服スルコト能ハザリシ期間傷病手当金トシテ一日ニ付標準報酬日額ノ百分ノ六十ニ相当スル金額ヲ支給スル」旨を定めていた。

(2) また同法四七条一項は「傷病手当金ノ支給期間ハ同一ノ疾病又ハ負傷及之ニ因リ発シタル疾病ニ関シテハ其ノ支給ヲ始メタル日ヨリ起算シ六月ヲ以テ限度トス」と定め、同条二項は「厚生大臣ノ指定スル疾病ニ関シテハ保険者ハ前項ノ期間ヲ超エ通ジテ一年六月ニ至ル迄傷病手当金ノ支給ヲ為スモノトス」と定めていた。

(3) 他方同法五五条一項は「被保険者ノ資格ヲ喪失シタル際疾病、負傷又ハ分娩ニ関シ保険給付ヲ受クル者ハ被保険者トシテ受クルコトヲ得ベカリシ期間継続シテ同一保険者ヨリ其ノ給付ヲ受クルコトヲ得」と、同条二項は「前項ノ規定ニ依ル保険給付ヲ受クルニハ被保険者ノ資格ヲ喪失シタル日ノ前日迄継続シテ一年以上被保険者タリシ者ナルコトヲ要ス」と規定していた。

(三)(1) さきに述べたとおり原告は昭和三三年五月二六日に健康保険の被保険者となり昭和三四年一〇月一五日もしくはそれ以降(仮にしからずとしても昭和三四年六月一五日)その資格を喪失したものであるから、健康保険法第五五条二項にいう「被保険者ノ資格ヲ喪失シタル日ノ前日迄継続シテ一年以上被保険者タリシ者」に該当する。

(2) また健康保険法五五条一項にいう「保険給付ヲ受クル者」とは「給付を受ける権利を有する者」と解すべきである。

(3) そうして原告は昭和三三年一〇月八日から昭和三四年一〇月まで、および同年一一月以降引続いて三年間肺結核により療養を継続していたものであり、右療養のため労務に服することができなかったのである。

(4) したがって、原告は健康保険法四五条、四七条一、二項、五五条一、二項の規定により、保険者である被告国から昭和三四年五月一五日より待期三日をへた後である同年同月一八日から向う一年六月間(五四七日間)につぎの(5)に示す計算に基づく合計金一七万三、九四六円の支給を受ける権利があるというべきである。

(5) (イ) 原告の前記資格取得時の標準報酬月額は、所定時間外割増賃金を含み金一万六、〇〇〇円であり、その標準報酬等級は一一級であるからその日額は金五三〇円である。

(ロ) したがって、原告が被告国から支給を受けることのできる傷病手形金を算定すると、

530×60/100×6(365+365/2)=173,946

となり、結局原告は合計金一七万三、九四六円の支給を受ける権利を有するものである。

(6) よって、原告は被告国に対し健康保険法に基づく傷病手当金として合計金一七万三、九四六円およびこれに対するその支払請求をした本件準備手続期日の翌日である昭和四〇年一一月七日以降右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求する。

第二被告らの主張

一  被告東京都知事の答弁等

1  請求の趣旨に対する答弁

「原告の被告東京都知事に対する請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

2  請求の原因と主張に対する答弁

(一)項 認める。

(二)項中、昭和三四年五月一四日に訴外法人が予告手当の支払いをしなかったことは認めるが、その余の事実および主張の趣旨は否認する。

(三)項中、訴外法人が昭和三四年一〇月一四日原告に金員の支払いをしたことは認めるが、予告手当としてではない。主張の趣旨は否認する。

(四)項中、被告東京都知事が原告主張のような処分をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(五)項 認める。ただし、被告社会保険審査会が原告に裁決書の謄本を送達したのは昭和三九年一二月二七日である。

(六)項 主張の趣旨は争う。

(七)項 主張の趣旨は争う。

3  被告東京都知事の主張

(一) 事件の経過

(1) 原告が昭和三三年五月二六日から自動車運転手として勤務していた訴外法人は、昭和三三年四月九日主務官庁の設立認可を受け、同月一七日設立登記をなしたものであるが、昭和三四年度の国(外務省)の補助金の交付を受けるため、昭和三三年一二月にこの交付申請をなすこととなり、そのため緊縮予算を作成することとし、昭和三四年四月から雇用人員の縮少および自家用乗用自動車を廃止することとなった。

(2) そこで、訴外法人は、右自動車の運転手として勤務していた原告を雇用する必要がなくなったため、昭和三四年三月中に訴外法人常務理事加陽美智子(もと賀陽宮)から原告に対し同年四月末日限りをもって解雇する旨の予告をし、同年四月末日解雇し、同年五月一四日訴外法人は、原告に対し退職金一万五、〇〇〇円を支払ったものである。

(3) ところが、原告は、訴外法人を解雇された後の就職先がきまらないため、右加陽に対し就職の世話をしてくれるよう申入れをしたので、加陽は訴外法人から譲渡を受けて自己の所有となった右自動車の運転手として、原告を同年五月一五日から右自動車を他に売り渡した同年八月まで使用した。一方原告は、昭和三四年四月三〇日付離職の離職票の交付を同年五月中ごろに受け、同年五月以降失業保険金の支払いを受けていた。

(4) 被告東京都知事は、原告申立てに基づき昭和三四年五月二〇日原告の健康保険および厚生年金保険被保険者資格の喪失日を同年五月一日と確認した。

(5) ところがその後同年一二月二五日および翌三五年一月一日付の原告の申立てにより、被告東京都知事は、訴外法人の使用証明書等に基づき右処分を変更し、昭和三五年三月三〇日付をもって、原告の右資格喪失日を昭和三四年五月一五日と確認した(以下「本件処分」という。)が、これは右使用証明書に、訴外法人の従業員が、誤って退職金支払いの日である五月一四日を原告の退職日と記載したためなされたものであった。

(二) 本件処分の適法性

(1) 右に述べたとおり、訴外法人は、原告に対し、昭和三四年三月中に解雇の予告をしたうえ同年四月末日に解雇したのであるから、原告は、同年五月一日健康保険および厚生年金保険の被保険者資格を喪失したものである。

したがって、被告東京都知事が本件処分において、原告の右資格喪失日を昭和三四年五月一五日と確認したのは誤りであって、右の日は同年五月一日とされるべきであった。しかし、五月一日を五月一五日とすることにより原告に対してなんらの不利益も与えないから、本件処分には、この点において取り消されるべき瑕疵はないものと解すべきである。

(2) 仮に、訴外法人が原告に対して解雇の予告をせず、かつ、原告主張のとおり昭和三四年五月一四日に解雇されたとしても、本件処分にはつぎに述べるとおり瑕疵はない。

(ア) 原告は、労働基準法(以下「労基法」という。)二〇条の義務違反がある場合の解雇の効力は、予告手当を支払ったとき、または、解雇の意思表示のあった日から三〇日を経過した日に生ずるものであって、健康保険および厚生年金保険の被保険者たる資格の喪失日はその翌日であると主張する。

(イ) そもそも、労基法は、労使間の社会的対抗関係および実勢力上の差異に着目してこれに規制を加え、もって労働条件を適正化するとともに労働者をして人たるに値する生活をなさせるため、憲法二七条二項の規定に基づいて制定されたものである。そして労基法二〇条の規定は、労働者を保護するため、使用者の解雇権に制限を附加したものであって、即時解雇としては無効な解雇も、一定の要件をみたせば解雇の効力を生ずるのである。

(ウ) ところで、健康保険法(以下「健保法」という。)は、被保険者および被扶養者の業務外の事由による疾病、負傷、死亡または分べんについて保険給付を行なうもの(同法一条参照。)であり、厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)は、業務上業務外を問わず、被保険者の老令、廃疾、死亡または脱退について被保険者およびその遺族に保険給付を行なうもの(同法一条参照。)であって、憲法二五条の規定に基づいて制定されたものということができる。

したがって、労基法における労働者と健保法等における被保険者の範囲は、必ずしも同一ではないと解すべきである。すなわち、健保法、厚年法等にいう使用されるあるいは使用されないもの(健保法一三条、一五条、一七条、一八条、厚年法九条、一三条、一四条参照。)とは、事実上の使用関係があるかどうかで足りるが、反面、単なる名目的な雇用契約があっても事実上使用関係がない場合には、右の使用されるものには該当しないと解され、報酬の程度、稼働状況等によって使用についての実体的な判断がなされなければならないのである。

(エ) 以上の観点からすれば、訴外法人の原告に対する解雇について、仮に労基法二〇条の違反があったとしても、昭和三四年五月一日以降においては、原告と訴外法人との間に労務の提供および給与の支払い等の関係が全くないのであるから、健保法等に規定する使用関係はないものといわなければならない。それゆえ、原告は昭和三四年五月一日に被保険者たる資格を喪失したものである。

二  被告社会保険審査会の答弁等

1  請求の趣旨に対する答弁

「原告の被告社会保険審査会に対する請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

2  請求の原因と主張に対する答弁

(一)項 争う。

(二)項 昭和三五年七月九日付で原告から被告社会保険審査会にその主張のごとき再審査請求がなされたこと、これに対し同審査会が昭和三九年一一月三〇日付で棄却の裁決をしたことは認めるがその余の事実は争う。右裁決は同年一二月二七日に原告に送達されている。

3  被告社会保険審査会の主張

原告は、同被告の本件裁決が原告の再審査請求の日から約五年(正確には四年五月である。)の歳月を経てなされたことを理由に、本件裁決は無効である、と主張する。

しかし、行政処分が無効となるのは、処分に重大かつ明白な瑕疵がある場合に限るのであるが、社会保険審査官及び社会保険審査会法その他の法令にも、右裁決をなすべき期間を定めた規定はみあたらない。したがって、本件裁決が右の年月を要したことをもって、本件裁決に瑕疵があるとはいえない。それゆえ、本件裁決は適法有効である。

三  被告国の答弁等

1  請求の趣旨に対する答弁

「原告の被告国に対する請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

2  請求の原因と主張に対する答弁

(一)項 争う。

(二)項 認める。

(三)項(1)中、原告が昭和三三年五月二六日に健康保険の被保険者となったことは認めるが、その余の事実は争う。

(2) 認める。

(3) 不知。

(4) 争う。

(5) (イ) 認める。(ロ) 計算関係は認める。

(6) 争う。

3  被告国の主張

(一) 原告は、昭和三四年四月三〇日限り事業所である訴外法人の業務に使用されなくなった。したがって、原告が健康保険の被保険者資格を喪失した日は、その翌日である昭和三四年五月一日となる。ところで、原告が被保険者資格を取得した日は、昭和三三年五月二六日である。してみると、本訴で原告が請求している傷病手当金については、その発生の要件の一つである「被保険者ノ資格ヲ喪失シタル日ノ前日迄継続シテ一年以上被保険者タリシ者ナルコト」という要件(健康保険法五五条二項)を充足しないことになる。よって、原告は本訴で請求する傷病手当金請求権を有しない。

(二) 健康保険法四五条以下に規定する傷病手当金は、都道府県知事の支給決定があってはじめて具体的に請求できるのであって、支払決定がなされる以前においては、たとえ、同法に定める要件を充足しても、いまだ具体的に請求することはできない。

ところで、原告が本訴において請求している傷病手当金については、いまだ都道府県知事による支給決定がなされていないのであるから、原告は右傷病手当金の請求権を有しない。

(三) 傷病手当金はつぎに述べるとおり都道府県知事の支給決定があってはじめて請求できる権利である。

(1) 政府管掌にかかる健康保険のうち、傷病手当金の給付手続きはつぎのとおりである。

傷病手当金の給付に関する事務は、都道府県知事が行なう(同法二四条、同法施行令二条四号)。そして傷病手当金に関する同法四五条以下の要件事実が発生した時は、傷病手当金を請求する者は同法施行規則五七条の規定にしたがい一定の請求書を都道府県知事に提出する。都道府県知事は、保険給付に関し支給、不支給の決定をする(同法施行規則七〇条)。右不支給の決定に不服のある者は、同法八〇条から八三条までの規定にしたがい、審査請求、再審査請求を経て取消訴訟により不支給決定を争うものとされている。

(2) 右のような保険給付の制度からみて、傷病手当金の支給を受けるためには、都道府県知事の支給決定があることが必要であり、もし、不支給の決定があったときには、訴訟手続きにより不支給決定の取消しを求めたうえであらためて支給決定を受けることが必要である趣旨と解すべきである。それゆえ、傷病手当金に関する同法四五条以下の要件事実が発生したときは、単に抽象的な傷病手当金請求権が発生するだけであり、都道府県知事が支給決定をすることにより傷病手当金の内容が具体的に定まるのであって、これによって受給者ははじめて政府(国)に対し、傷病手当金を請求する具体的権利を取得するものと解すべきである。

第三原告の反論等

一  被告東京都知事の主張に対する認否および反論

(一)  事件の経過について

(1)の事実中、原告が同被告主張の日に自動車運転手として訴外法人に雇用されたことを認める。その余の事実は不知。

(2)の事実中、訴外法人が昭和三四年五月一四日に金一万五、〇〇〇円を原告に対し支払ったことを認める。その余の事実を否認する。原告が解雇の予告を受けたようなことは全くない。

(3)の事実中、原告が昭和三四年五月以降失業保険の支払いを受けていたことを認める(ただし六か月間)。その余の事実を否認する。

(4)の事実中、被告東京都知事に対し、原告が健康保険および厚生年金保険被保険者資格の喪失日の確認を申し立てたことは認めるがその余の事実は否認する。

(5)の事実中、原告が同被告主張の日に同被告主張の趣旨の申立てをしたこと、同被告が本件処分をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  本件処分の適法性について

(1)の事実および主張の趣旨を否認する。

(2) 被告東京都知事が原告の資格喪失日を昭和三四年五月一五日と確認したことが誤りであることは認めるが、その余の事実および主張を争う。

原告の資格喪失日は同年六月一五日以降である。

(三)  その余の主張はさきに原告の述べたとおりである。

二  被告社会保険審査会の主張に対する反論

同被告は、行政処分が無効となるのは処分に重大かつ明白な瑕疵がある場合に限られているといい、同被告の本件裁決に瑕疵があるとはいいえないと主張する。

しかし審査請求の制度は、被処分者に対し裁判所への出訴にさきだち不服申立てをする機会を与えるものであるが、出訴についての審査前置をとっている制度のもとにおいては、裁決がすみやかになされるべきは、法の趣旨とするところであるといわねばならない。それゆえ裁決が遅延することは、とりもなおさず、そこに多くの瑕疵が存在することを思わせるのであって、その違法であることは明らかである。

同被告は、裁決をなすべき期間を定めた規定がないと主張するが、右事実は本件裁決を適法とする理由にならない詭弁にすぎないものである。けだし、被告主張のとおりとすれば、裁決をしないでおいて判決の確定をまち、それに副った裁決をすれば足りるという議論になってしまい、かような主張が失当であることは明らかだからである。

これを要するに本件においては、約五年間も裁決をしないでいたということが数多くの重大かつ明白な瑕疵のあることを示しているものであるから、原告において右瑕疵の内容を主張するまでもなく、本件裁決は無効といわねばならない。

三  被告国の主張に対する認否

(一)項の主張事実中、原告が被保険者資格を取得した日が昭和三三年五月二六日であることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

(二)項主張の趣旨は争う。

(三)項冒頭の主張は争う。同(1)の事実および主張は認め、同(2)の事実および主張は争う。

第四証拠関係≪省略≫

理由

第一被告東京都知事に対する請求についての判断

一  原告が昭和三三年五月二六日訴外財団法人国際教育センターに雇用され、健康保険法ならびに厚生年金保険法に基づく被保険者となり、その旨の資格を取得したこと、被告東京都知事が原告に対し、昭和三五年三月三〇日付をもって、原告の右資格喪失日を昭和三四年五月一五日と確認する旨の処分をなしたことは当事者間に争いがない。

二  取消事由の存否

1  ≪証拠省略≫によると、つぎの事実を認めることができる。

訴外法人は、外務省の外郭団体であるところから、同省より補助金の交付を受けるべく昭和三三年一二月ころからその趣旨の運動をはじめ、同月中に右補助金の交付を受けうることが決定した。ところが、訴外法人は、右補助金の交付を受けることになると、外務省から訴外法人が使用しうる人員の制限を受け、あるいは会計検査を受けること等になるため、昭和三四年三月末ころ訴外法人の理事長に就任した訴外西村熊雄の発案により、訴外法人が従来使用していた自動車の使用を廃止することとし、その結果、当時訴外法人に雇用されて右自動車の運転をしていた原告を解雇することとなり、当時訴外法人の常務理事であった訴外賀陽美智子を通じ、同年三月中に原告および訴外法人の他の事務に従事していた訴外宮本富美、同浜本俊子に対し、同年四月末日限り解雇する旨の意思表示がなされた。したがって、右原告ら三名に対しては、同年五月分以降の賃金は訴外法人から支払われておらず、同月一四日原告ら三名に対しそれぞれ退職金が支払われた(同日訴外法人から原告に対し金一万五、〇〇〇円が支払われたことは当事者間に争いがない。)。原告は、かかる訴外法人の処置に対してなんら異議を申し出ることなく、同年五月以降は、他に売却することができなかったため訴外賀陽美智子個人の所有とされた前記自動車の運転者として、これが売却された同年八月ころまでの間同訴外人個人のため右自動車を運転していた。原告は、同時に、同年五月一四日、同年四月三〇日離職したとして失業保険被保険者離職票の交付を受け、同年五月二九日から同年一一月二〇日までの間一八〇日分の失業保険金を受領し(原告が同年五月以降六か月間失業保険金を受領したことは当事者間に争いがない。)、さらに、同年五月一八日には渋谷公共職業安定所に求職の申込みをなした。原告が前記解雇の効力を争うにいたったのは、前記自動車を訴外賀陽が他に売却したため、同訴外人の自動車運転者としても稼働し得なくなった同年九月以後のことであり、原告が同月九日飯田橋労働基準監督署に予告手当の支払いを受けていない旨申告したところ、同監督署は、訴外法人からそれにつきなんらの申出もなく、証拠資料等も提出されなかったことから、原告の申告を正当なものと認め、同月二二日、訴外法人に対し予告手当金一万五、五一〇円の支払いを勧告した。これに対し訴外法人がこれに応じる旨答えたので、同労働基準監督署は同月三〇日付で原告に対しその旨伝えたところ、原告が指定の日時、場所に出頭しなかったため、訴外法人が原告に対し同年一〇月一四日右金員を郵送した。

以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

2  以上の事実によれば、訴外法人が原告を解雇するについては、労働基準法二〇条一項所定の解雇の予告期間を遵守しており、右解雇は適法であって、その効力は昭和三四年五月一日に生じ、原告は健康保険法ならびに厚生年金保険法上の被保険者資格を同日以降喪失したものというべきであり、訴外法人が飯田橋労働基準監督署の勧告に応じて昭和三四年一〇月一四日に解雇予告手当金として金一万五、五一〇円を支払ったことは、それが前認定のごとき事情によるものである以上、これをもって右の結論を左右することはできないものというべきである。

されば、被告東京都知事が原告の右資格喪失の日を昭和三四年五月一五日と確認したことはその限りにおいて誤りであり、右確認は瑕疵のある違法なものというべきである。しかしながら、右確認を違法としてこれを取り消し、これを正当な昭和三四年五月一日資格喪失との確認したところで原告に対してはなんらの利益をもたらすことにはならず、換言すれば、右違法な確認によっても原告にはなんらの不利益をも被らしめるものではないので、該違法は被告東京都知事の確認の取消事由たり得ないものと解するを相当とする。

3  よって、被告東京都知事の前記処分には取り消しうべき瑕疵はないものということができる。

三  結論

以上の次第で、原告の被告東京都知事に対する請求は、爾余の点につき判断を加えるまでもなく、理由がないものというべきである。

第二被告社会保険審査会に対する請求についての判断

一  原告が昭和三五年七月九日付をもって被告社会保険審査会に対し、前記被告東京都知事の処分につき再審査請求をなしたところ、被告社会保険審査会が昭和三九年一一月三〇日付をもって棄却の裁決をなしたことは当事者間に争いがない。

二  無効の事由の存否

行政事件訴訟法(昭和三七年一〇月一日施行)一〇条二項は、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができないものと規定しているので、裁決の取消しの訴えにおいては、裁決固有の瑕疵を理由としなければならないものというべきであるから、原告主張の事由が右にいう裁決固有の瑕疵に当るかどうかについて検討する。

およそ、行政処分に対する行政上の不服申立てが法によって認められている場合において、右不服申立てにつき決定ないしは裁決をなすべき期間を法が特に定めていないからといって、決定ないしは裁決をなすべき期間に制限はなく無制限であるということはできず、不服申立て後これにつき決定ないしは裁決をなすにつき社会通念上相当と認められる期間内にこれをなさなければならない法律上の制約があるものというべく、右相当の期間内に決定ないしは裁決をなさないことにつき正当な事由の存しない限り、右不作為は違法たるを免れないものというべきであるから、この点に関する限りは原告の主張は理由があるといわなければならない。しかしながら、右の不作為が違法であるということと、不服申立て後社会通念上相当と認められる期間経過後になされた決定ないしは裁決が、それだけの理由で違法となるかどうかということは必ずしも同一に論じ得ないものというべきである。すなわち、原告が被告社会保険審査会に対し、再審査請求をなした当時において施行されていた行政事件訴訟特例法では、その二条において訴願前置主義が規定されていたが、同時に訴願の提起があった日から三か月を経過したときには、訴願の裁決を経ないで原処分の取消しを提訴しうるものと規定されていた(この点は現行の行政事件訴訟法八条も同様である。)のであるから、必ずしも訴願の裁決を経なければ出訴し得ないというものではなく、訴願の裁決が遅延した場合における権利救済の途は開かれていたのであり、また、昭和三七年一〇月一日行政事件訴訟法が施行された後においては、不服申立て後社会通念上相当と認められる期間を経過してもなお決定ないしは裁決がなされない場合の救済方法としては、不作為の違法確認の訴え(同法三条五項)を提起することができるのであって、右期間経過後になされた決定ないしは裁決がそれだけの理由で違法であるとしてこれを取り消さなければ国民の権利救済に欠けるところがあるというものではなく、仮にそれだけの理由で決定ないしは裁決を違法として取り消すべきものとすれば、取り消された決定ないしは裁決と異なる内容の決定ないしは裁決がなされるかも知れないという可能性がないわけではないとしても、それは単に可能性にとどまり右取消判決の拘束力もなんら右の可能性を強めるものではなく、かえって単に同一内容の決定ないしは裁決がさらに遅れてなされるにすぎないという不都合な結果を生ぜしめることになりかねないことなど、これらの諸点を総合勘案すれば、不服申立て後社会通念上相当と認められる期間を経過して後になされた決定ないしは裁決がそれだけの理由で直ちに違法となるものとはいえないというべきである。されば、本件裁決が再審査請求を受理して後約四年五月を経過して後になされたものであっても、それだけの理由で違法と断ずることはできず、したがって、右が裁決固有の瑕疵であるということもできないものというべきである。

以上の理は裁決の無効確認を求める訴えにおいても何ら異なるところはない(行政事件訴訟法三八条二項参照)。

三  結論

以上の次第で、原告の被告社会保険審査会に対する請求も爾余の点につき判断を加えるまでもなく、理由がないものというべきである。

第三被告国に対する請求についての判断

上来説示のとおり、原告が健康保険の被保険者資格を取得したのが昭和三三年五月二六日であり、その資格を喪失したのが翌三四年五月一日以降であるので、原告は健康保険法五五条二項所定の被保険者資格を喪失した日の前日まで継続して一年以上被保険者ではなかったことが明らかであり、そうだとすると、原告は同条一項の規定に基づく傷病手当金を請求しうる権利を有しないものというべきである。したがって、原告の被告国に対する請求は、爾余の点に判断を加えるまでもなく理由がないものということができる。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中平健吉 裁判官 渡辺昭 岩井俊)

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